はさみ職人 株式会社ヒカリ 新潟工場 工場長 石塚 秀雄はさみ職人 株式会社ヒカリ 新潟工場 工場長 石塚 秀雄

指に力は入れない。
はさみの重みだけで
きれいに切れたら合格です。

機械にはつくれないんですよ。
だって、はさみは生きてますんで。
はさみ職人
株式会社ヒカリ
新潟工場 工場長
石塚 秀雄

「この人と同じに」。理美容院では、理想の髪型のモデルとして有名人が“指名”される。その髪型は、有名人が“指名”した理美容師がデザインしている。そして実は、その理美容師が“指名”した職人がヘアカット用のはさみ(シザーズ)をつくっている──。石塚秀雄氏も“指名”の多い職人のひとり。創業50年のメーカー、ヒカリの新潟工場で工場長を務める、はさみづくりのマエストロだ


1本1本、手づくりで完成するはさみ。「長く、大事に使っていただきたいですね」と石塚氏

米どころ・新潟。JR新潟駅から阿賀野川を渡り、車で30分ほどの場所にあるヒカリの新潟工場は、360度ぐるりと田んぼに囲まれている。ここで働く23名の職人は、工場の建屋の上階にある寮に住み込むか、近郊から車で通勤している。石塚氏は通勤組のひとり。工場長として職人を統括すると同時に、自ら仕上げの工程を担当する。完成品の検査も石塚氏の仕事だ。

 ひと通り仕上がったはさみで、木綿の布や人毛の髪を切ってみるんです。はさみから指を外して、はさみ自体の重さだけで刃が閉じ合わさるまで待つ。自然に閉じて、それできれいに切れていたら合格です。

 なぜ指の力を入れずに試すのかといえば、実際に使われるシーンを想定しているからなんです。理美容師さんが「さあ切るぞ」と力を入れる必要がないのが、「いいはさみ」。はさみが理美容師さんの指の延長のように動くのが理想です。そんなはさみなら、自由自在にヘアデザインができるし、いくら切っても理美容師さんは疲れない。それが、うちのはさみに求められているレベルなんです。 そのレベルを確保するには、すべての工程で職人の高度なわざが求められます。鍛造工場から納入された半製品を切削するところからスタートし、研磨して、刃をつけて、調整する。そのすべて。

 たとえば切削工程で、特注品をつくるとき。指が細い理美容師さんから「特別に指を入れる穴が小さい、私専用のはさみをつくってくれ」と依頼されることがあるんです。逆に、「大きな穴のはさみを」という依頼もありますよ。私みたいに指が太い方から(笑)。グリップの鋳物工場では定型品しかつくれないので、小さい穴をつくるには半製品の穴の部分をいちど切断し、少し削ってから、もういちど溶接する。これには、一瞬のガスバーナーの動きでほんの少しだけ、目的にあった量を削り取る技量が必要。それができる職人がいるから、どんな特注品の依頼があってもお受けできるんです。

米どころ・新潟。JR新潟駅から阿賀野川を渡り、車で30分ほどの場所にあるヒカリの新潟工場は、360度ぐるりと田んぼに囲まれている。ここで働く23名の職人は、工場の建屋の上階にある寮に住み込むか、近郊から車で通勤している。石塚氏は通勤組のひとり。工場長として職人を統括すると同時に、自ら仕上げの工程を担当する。完成品の検査も石塚氏の仕事だ。
まるで自分の指先の延長のように自由自在に動き、力を入れることなく切れる。それが「いいはさみ」だ
特注品製作のためごく一部を切削中

鍛造工場から納入された半製品は、複数の工程を経て、完成品のはさみになる。そのプロセスを見学していると、どの工程のどの職人にも、「実際に使われるシーンを想定しながらつくる」というマインドが根づいていることに気づく。生産する側が身勝手に定義した「いいもの」をつくろうとする、ひとりよがりの態度はみじんもない。

 そうですね。研磨工程では、「理美容師さんが指を入れたときになんの違和感もなく、手になじむように」ということをイメージして、穴の内側の曲面を仕上げます。研磨材を変え、自分の手の動きを変え、微妙な調整をしていくんです。

 そして、刃つけの工程と仕上げの工程では、「切れ味のよさ」を追求しています。理美容師さんが髪をカットしたとき、「お、切れる!」と指先で感じる、あの感覚。それが最高になるように。まず、刃がほんの少し曲線を描くようにする。直線の定規を当てて、ほんの少しだけすき間ができていれば合格。この微妙な曲線がつけられるようになるまで、熟練に数年はかかります。

 そして、私自身も担当している仕上げの調整に入る。刃の角度と、2枚の刃の間の微妙なすき間と、鋏身の微妙なひねり。これらを調整していきます。2枚の刃が交わるのは1点においてのみ。うちが発案して世に普及させた「蛤刃(はまぐりば)」です。この調整がうまくいったとき、「最高の切れ味」が生まれる。

 でも、仕上げを経て、検査に合格しても、それで終わりではないんです。その後、キズがないかどうか1本1本、入念にチェックして、キズのところに赤マジックで印をつける。その印のところを、もういちど、きれいになるまで磨きます。キズがあると、もったときの手ざわりが微妙におかしかったり、すぐに研ぎが必要になったりする。だから、おろそかにできないんです。

鍛造工場から納入された半製品は、複数の工程を経て、完成品のはさみになる。そのプロセスを見学していると、どの工程のどの職人にも、「実際に使われるシーンを想定しながらつくる」というマインドが根づいていることに気づく。生産する側が身勝手に定義した「いいもの」をつくろうとする、ひとりよがりの態度はみじんもない。
石塚氏自身が担当する仕上げ工程
刃つけにおいては、微妙な曲線をつけることが重要。定規を当てたとき、ほんのわずかなすき間ができる

切削からキズのチェックまで。その工程のほとんどが手作業で行われている。しかし、あらゆる分野で機械化・自動化が進み、「AIが人間の仕事を奪うのでは」とさえ心配される時代。はさみづくりにもその流れはおよぶのではないか。

 ありえないですね。だって、はさみは生きてますんで。一つひとつ異なる金属製品を人間の手になじむように、しかも鋭い切れ味をもつように調整していくには、「手になじむ」「切れ味が鋭い」という感覚をわかっていないといけない。たとえば、「切れた」「切れない」だったら、コンピュータにも理解できるでしょう。でも、「切れ味」は人間にしかわからない。“味”は数値にできません。指先に感じる「切れる!」っていう感覚なんです。

 だから、うちの工場では、職人が素手で作業することが多い。たとえば、研磨工程で磨いていると、はさみが熱をもってくる。水を張ったバケツにはさみを突っ込んで冷やすんですが、自分の素手の指も一緒に突っ込むんですよ。はさみが「熱い」「冷たい」ということも、自分の指先で感じ取る。その「自分の指先の感覚」こそ、いちばん頼りになる指標。だから、人間にしかできないんです。

切削からキズのチェックまで。その工程のほとんどが手作業で行われている。しかし、あらゆる分野で機械化・自動化が進み、「AIが人間の仕事を奪うのでは」とさえ心配される時代。はさみづくりにもその流れはおよぶのではないか。
指を入れる部分の研磨工程
刃の部分の研磨工程

私の腕前なんて、まだまだですよ。
職人にゴールなんてないんです。

職人の技量に頼るはさみづくりだが、ヒトの育成はどうやっているのだろうか。少子化が急速に進むいま、多くの分野で職人の道に進む若い世代が減少し、「匠の技」が途絶えてしまう悲劇が起きている。

 うちは当分、大丈夫です。幸い、工場には若い人がつねに入ってきてくれます。だから、新入りがベテランのやり方を学び、技を身につけ、磨いていける。私自身、見よう見まねで先輩たちからわざを盗みました。最初はどうしても先輩たちのようには、切れるはさみがつくれなかった。なんとかできるようになったのは3年目ぐらいですね。

 でも、いまでも「一人前」といえるかというと…。まだまだですね。私の手がけたはさみがすべて完璧なできばえではないですから。職人にゴールはないんです。

 技を磨いていくことと同じくらい重要なのは、お客さまである理美容師さんたちが実際に使っているシーンをイメージしながら、「手になじみ」「切れ味の鋭い」はさみを追求するマインドを養成すること。その点、うちの社長は創業から3代続けて元・理美容師。だから理美容師さんがどんなはさみを求めているか、経営者がよくわかっているんです。私自身も若いころ、先代の社長から「こんなはさみじゃダメだ、ヘアカットに使えない」とか、たたきこまれました。

 それに、お客さまから直接、教わることもあるんです。お客さまのなかには、わざわざ新潟の工場にまで足を運んでくださる方もいらっしゃる。それで、後ろからのぞきこまれながら作業をしたこともありますよ(笑)。そうしてできた製品に対して、「これじゃダメだな」っていわれてしまったことも。悔しいなんてもんじゃないですよ。

 でも、「最高だよ」といってもらえたとき。「はさみ職人をやってきてよかったな」と思えた。そんなお客さまから“ご指名”をいただくこともあります。「石塚さんにつくってもらいたい」と。職人冥利につきます。だから、今日までやってこれたんでしょうね。

石塚 秀雄(いしづか ひでお)
石塚 秀雄(いしづか ひでお)
石塚 秀雄(いしづか ひでお)
プロフィール

1970年、新潟県生まれ。1991年に株式会社ヒカリの新潟工場で職人として働き始める。2004年から工場長に就任。現在、同社常務取締役を兼任する。

事業所概要

社名 株式会社ヒカリ
本社 〒173-0034 東京都板橋区幸町25-8
TEL:03-3973-1626
新潟工場 〒959-1945 新潟県阿賀野市上山屋387-1
TEL:0250-62-7710
URL http://www.hikari-scissors.com/