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株式会OZsoft System Architect Div リーダー 松井 泰宜 / ネットワークソリューション事業部 石川 文平株式会OZsoft System Architect Div リーダー 松井 泰宜 / ネットワークソリューション事業部 石川 文平

「問題の所在」を的確に理解する
そこに経験の差が活きてきます

「いつかだれかの役に立てれば」
そんな想いでつくった研修なんです
ITエンジニア
株式会OZsoft
System Architect Div リーダー
松井 泰宜

世界に冠たるエレクトロニクス技術とサブカルチャーの発信地として知られる秋葉原。その一角に、OZsoft(オズソフト)はある。各々が「技術力」に自信をもつエンジニアが集う同社。その技術力を頼って、多くの企業が難解なシステム開発案件を持ち込んでくる。同社の技術力はどう育まれているのか。ヒミツは、独自の研修体制にある。つくりあげたのが、松井氏だ。


若手エンジニアを一人前の仕事人に育てあげる松井氏。

毎週1回、オフィスで開かれる松井氏による研修。実際のサーバー機器を使った実践形式の講義では、他の教育機関では決して教えてくれない「技術ノウハウ」と「現場経験」が惜しみなく伝授される。

 先日も、若手のエンジニアがお客さまの現場で褒められたというんです。「マニュアルに沿った対応とは違う、プラスαの提案力がある」との言葉をもらい、喜んでいたエンジニアがいました。それは、「単にそのエンジニアの知識が優れていた」ということではありません。「技術の勘所を知っていた」という言い方が近いかもしれませんね。

 大事なのは、現場経験なんです。新しい技術が次々と登場する業界だからこそ、その新しい技術をどう活かすかが大事。そこでモノを言うのは経験の差なんです。経験を積んだエンジニアは「問題の所在」を的確に把握でき、お客さまの要求を正確に理解できる、だから満足度に大きな違いが出る。経験と場数ですから、若手エンジニアが経験豊かなベテランと競うためには、場数を重ねるしかない。だから、私の研修では、実際に起こった事例を実機で再現して、ケーススタディとして学ぶことにしています。多くは私の実体験を基にしています。それらは、関係者以外には絶対に知りえない知識であることにもこだわっています。

 この実践的な研修を通じて、現場経験の浅い若手エンジニアは単に「好きな人」「詳しい人」から「技術を活かせる真のエンジニア」になって現場へ飛び立ちます。また、すでに場数を踏んだエンジニアは、さらに経験を豊かにして、高いレベルに挑戦していきます。

毎週1回、オフィスで開かれる松井氏による研修。実際のサーバー機器を使った実践形式の講義では、他の教育機関では決して教えてくれない「技術ノウハウ」と「現場経験」が惜しみなく伝授される。
自らの実体験を細かく再現した研修。エンジニアの「現場力」を育んでいる。

まだ経験の浅いエンジニアを次々と「即戦力」へと育てていく松井氏。実用性に強くこだわり、研修内容に対しては、「明日から使えなければ、意味がない」と言い切る。その徹底した姿勢が生まれた背景には、エンジニアになりたての若き日々、「人一倍、苦労した」と振り返る過去の経験があった。

 高校を出て、最初に就いた仕事は通信関係の営業職でした。でも、ずっと思ってたんです。「売るより、作る方がすきだな」って。もともと、機械をいじるのが好きで、自宅に「Myサーバー」があったくらいです。だから、知識については、自信はありました。そこらのプロより詳しいって(笑)。それで、ITエンジニアの道を歩み出したんですが、それが「苦労の始まり」でした。利用者の立場と構築者の立場では、関心を持つポイントが全然違うんです。私の知識が全然役に立たない。「好き」だけで始めた仕事でしたが、いきなり壁にぶち当たりました。それまでの自信は粉々になりましたね。でも、「仕事のイロハ」から教えてくれる人は、皆無。最初は怒られて覚えることしかできませんでした。ある時なんか、金融機関のシステム構築の現場で、サービスを止めてしまったことがありました。どこかで巨額の損失が発生したんじゃないかって、背筋が凍りましたね。

 そんな経験を積み重ねて学んでいったんですが、ずっと疑問でした。「こんな苦労、みんなしなきゃいけないのかな」と。だから、「いつか私の経験がだれかの役に立てれば」と。それを実践しているのが、いまの研修なんです。

まだ経験の浅いエンジニアを次々と「即戦力」へと育てていく松井氏。実用性に強くこだわり、研修内容に対しては、「明日から使えなければ、意味がない」と言い切る。その徹底した姿勢が生まれた背景には、エンジニアになりたての若き日々、「人一倍、苦労した」と振り返る過去の経験があった。
松井氏が最近まで使用していたというパソコン。若手時代から7年間、苦楽をともにしてきた相棒とも言える。独自でバージョンアップを重ね、性能は今でも最新の状態だ。

過去の苦労が生み出した松井氏の実践的な研修プログラム。その研修が生み出された背景には、もうひとつ、OZsoftがもつ社風も大きく影響していたという。

 OZsoftには、もともとギークな人が多くて、尖った技術力には定評がありました。私自身、求人広告で謳っていた「オタクを歓迎します」の一言に惹かれて入ったくらいですから。面白いアピールをしているな、と。実際、入社してみて感じたのは、若くて活気のある会社という印象でした。一方で、それぞれに技術力をもった若手エンジニアが、「仮想化サーバー専門」とか「ネットワーク専門」といったように、それぞれの得意分野を活かした「一人事業部」の集合体という印象がありました。ここに、お互いのスキルを共有できる仕組みや、スキルアップができる場をもてれば、「すごいチームになるだろうな」という確信めいた想いはありました。

 そんな想いを代表の橋本に伝えたところ、「きみが作ってくれ」と。その一言こそ、研修ができた直接的なきっかけでした。戸惑いもありましたが、自分の思いを「認めてもらえた」という感覚の方が強かったです。講師経験などない私ですから、最初は手探りでした。もともと、技術力の高い彼らですから、それを引き出し、現場で活用するにはどんな研修が必要か。「本当に必要なことだけ、ピンポイントで教える」――。それだけを軸に、いまも研修の内容は日々、磨き上げています。

過去の苦労が生み出した松井氏の実践的な研修プログラム。その研修が生み出された背景には、もうひとつ、OZsoftがもつ社風も大きく影響していたという。
技術が進歩し続ける世界だからこそ、松井氏の研修にもゴールはない

自身が作り上げた実践的な研修によって、多くの若手エンジニアが今日もそれぞれの現場で活躍している。そんな彼らの「成長」を頼もしく見つめる、松井氏。その視線の先には、大きな夢がある。

 ひとつは、一千万円プレーヤーになること。これはIT業界に転職した際、妻に宣言した約束なんです(笑)。

 もうひとつの目標は、優秀なエンジニアをもっともっと輩出して、「あそこのエンジニアはすごいぞ」っていう評判をつくることです。いまは小さなSIerに過ぎませんが、技術力で大手を見返したいんです。

 その先には、もっと大きな夢もあるんです。「オタク」が集まる秋葉原は、私たちのアイデンティティーでもあります。その秋葉原の象徴的なビルが、駅前の「秋葉原UDX」。あそこの最上階にオフィスをもつことです。「オタク集団がUDXに居を構えたんだぞ」って、メンバーたちと一緒に自慢したい。それが今の夢なんですよね。

秋葉原の代名詞、UDXの最上階に
自分たちの居場所をつくるのが夢です

松井 泰宜(まつい ひろよし)
松井 泰宜(まつい ひろよし)
松井 泰宜(まつい ひろよし)
プロフィール

1985年、神奈川県生まれ。高校卒業後、通信回線の営業職やIT企業のエンジニア職を経験した後、2015年に株式会社OZsoftに入社。同社の研修プログラムを開発するなど、同社の人材育成システムの礎を築いている。

株式会OZsoft System Architect Div リーダー 松井 泰宜 / ネットワークソリューション事業部 石川 文平株式会OZsoft System Architect Div リーダー 松井 泰宜 / ネットワークソリューション事業部 石川 文平

断片的な知識が大きな塊になっていく感じ、
わかりますか

現場で評価を得るには
単なる「技術オタク」ではダメなんです
ITエンジニア
株式会OZsoft
ネットワークソリューション事業部
石川 文平

Webアプリケーション開発を主力事業に、尖った技術力で多くの顧客を獲得しているエンジニア集団、OZsoft。その尖った技術力を体現し、同社の躍進を支えているのは、それぞれが腕におぼえのある個性的な若手エンジニアの面々である。ここで紹介する石川氏も、そんなOZsoftが誇る自慢の若手エンジニアの一人だ。


単なる技術提供ではなく、ソリューションを提供することが自らの仕事と語る石川氏

エンジニアとしての石川氏の仕事は、顧客の元でのネットワーク環境の構築だ。そこでは予期せぬ技術トラブルが頻発することもあるが、そんなときこそ、石川氏の技術と知識を背景にした柔軟なソリューション提案力が活きる。顧客からの評価も高い。

 つい最近、あるお客さまのサーバーを構築した際、「ログインの記録をどう残すべきか」といった技術的な相談を受けました。そのままローカルサーバーに置くか、クラウド環境のストレージサービスに圧縮して保管するか。その時、最近いつも心がけている「心得」がふと頭をよぎりました。「答えは決してひとつとは限らない」、と。それは、尊敬する先輩からいただき、今も胸に大切にしている「教え」なんですが。

システムの構成や要件定義など技術的側面だけではなく、お客さまの特性を念頭に、「なにが一番良い構成なのか」を考え、いくつかの提案ができました。その際、お客さまからいただいた感謝の言葉に、わずかですが自分の成長を実感できました。

 偶然なのか、最近ほかのお客さまからも、こんなことを言われました。「コミュニケーションの取り方が変わったね」と。

エンジニアとしての石川氏の仕事は、顧客の元でのネットワーク環境の構築だ。そこでは予期せぬ技術トラブルが頻発することもあるが、そんなときこそ、石川氏の技術と知識を背景にした柔軟なソリューション提案力が活きる。顧客からの評価も高い。

大切な「教え」を胸に、つねに柔軟な提案力を心がけている石川氏。その教えに貫かれている信念とはなにか。「『ベストプラクティスをお客さまと一緒に見つける』ということ」、と石川氏は語る。それは、いつしか石川氏の仕事のコダワリとなっている。

 自分の知識に自信があったためでしょうか。振り返れば以前は、お客さまから課題解決の相談があれば、「一般的な方法は、コレですっ」という提案をしていました。今から思えば、単に知っていることを、そのまま展開するだけでしたね。「技術や知識を現場で活かす」ということの意味を理解していませんでした。

 そんなとき、職場の先輩に指摘されたんです。「お客さまが抱える課題を的確に解決し、より良いシステムとするためにこそ、知識や技術はある。そして、『なにが最善なのか』を決めるのは、お客さまなんだ」と。「自分の技術をどう活かすか」を考える最初のきっかけだったと思います。

 その時から、お客さまの望みをかなえるためには、「考えうるソリューションをメリットとデメリットを含めてすべて提案するべき」と思うようになりました。そんな気づきが生まれるようになってからですね。仕事における自分の介在価値を感じられるようになったのは。単に技術を横流しするだけでは、私じゃなくてもいいわけですからね。

 でも、お客さまにもっとも相応しい構成をどう提案し、自分の技術を使ってどう実現すべきか。技術や知識には自信があっても、現場でそれを本当に活かせるようになるまでには、少し時間がかかりました。そのキッカケをくれたのは、OZsoftだったんです。

大切な「教え」を胸に、つねに柔軟な提案力を心がけている石川氏。その教えに貫かれている信念とはなにか。「『ベストプラクティスをお客さまと一緒に見つける』ということ」、と石川氏は語る。それは、いつしか石川氏の仕事のコダワリとなっている。
OZsoftのオフィスにはサーバーの実機が設置されている。実際に触れながら、本番さながらの研修ができる

石川氏が成長の一つのきっかけと振り返るのは、「OZsoftでの実践的な社内研修」である。その研修に出会う前は、一人の「技術オタク」にすぎなかったと、やや自嘲気味に語る石川氏は、研修を経てどう変わったのか。

 私はもともと、ITとは何の関係もない人間でしたが、機械や技術は好きだったんです。高等専門学校では機械工学等を学び、卒業後は渡米してパイロットのライセンスを取得したくらいですから。もともとゲームが好きでITの世界にも興味はあって、帰国後はSIer業界で働くことに決めたのですが、その楽しさにどんどんのめり込んでいきました。

 ただ、その一方でこの業界では、他人のナレッジやノウハウから学ぶ機会はなかなかないのが実情です。私の場合も、前職では実践的な専門知識を教えてくれる先輩はいませんでした。お客さまの現場で、問われるのは即戦力であること。しかも、この場合の戦力とは、「知識がある」ということではないんです。現場に合わせた知識の応用力と提案力。だから、怒られながら、見よう見まねで学ぶしかありませんでした。それだと、成長するにも限界がある。そんな不満も心の片隅にはありました。「技術オタク」の殻を破るきっかけをつねに探していた時期でした。

 そんな状況を変えてくれたのが、OZsoftへの転職でした。オフィスには、実際に使用されるネットワーク機器等が設置され、実際に触れながら、本番さながらの研修ができる場が用意されていたんです。専門知識を教えてくれるだけじゃなく、失敗談から現場のリアルな「落とし穴」を学んだり、業界の慣習を学んだり。好奇心を刺激する構成なので、学習スピードも上がる。自分の断片的な知識が、先輩の経験やスキルによって結ばれていく感覚です。点と点が結ばれ線になり、線と線が結ばれ面ができる。そんな風に、ひとつの大きな塊になっていく感覚ですね。自分の幅が広がっていくのが、日々の現場経験を通じて実感としてわかるんです。

 今、クラウド環境で新しいシステムを構築する仕事を手がけているのですが、自分の知識が存分に活かされているだけじゃなく、「新しいことに挑戦している」という実感も得られるのは幸せですね。「忙しいけど、楽しい」という感覚は、OZsoftで初めて得た感覚です。やればやるほど、のめり込んでいくといった感じです。

石川氏が成長の一つのきっかけと振り返るのは、「OZsoftでの実践的な社内研修」である。その研修に出会う前は、一人の「技術オタク」にすぎなかったと、やや自嘲気味に語る石川氏は、研修を経てどう変わったのか。
断片的な知識が研修を通じて一つにつながっていく。

いまでは、どんな技術分野についても、「お客さまとも臆せずコミュニケーションがとれる」と自信を持つ石川氏。自ら成長を実感できるまでになった今、技術に対する姿勢にも、こんな変化がみられるようになった。

 以前は、知らないということは恥ずかしいと思っていました。でも、研修を通じて、学ぶことの楽しさを知った今は、「知らないということも決して悪いことばかりじゃないな」と思っています。なぜなら、「これから知ることができる」というワクワク感をもてるということですから。知識に対するどん欲さが生まれてきたと思います。

 今はお客さまの現場に常駐してシステム構築をしていますが、いずれは社内で専門のチームを編成して要件手義から構築や環境移行まで丸ごと受託する体制にしたいと、社内で話し合っているんです。それには技術力はもとより、お客さまからの大きな信頼が必要。そんな責任を任せてもらえるだけの実績と実力を身に着けたいです。そして、「オタクの聖地・秋葉原に、OZsoftあり」という評価を得られる技術者集団になる。それが、私が仲間たちと共有している夢なんです。

「知らないということも悪いことじゃない」
「これから知ることができる」ということですから。

石川 文平(いしかわ ぶんぺい)
石川 文平(いしかわ ぶんぺい)
石川 文平(いしかわ ぶんぺい)
プロフィール

1990年、東京都生まれ。専門学校を卒業後、20歳で渡米。航空機パイロットのライセンスを取得後、ITエンジニアの夢を抱き、帰国。SIerでの勤務の後、2016年に株式会社OZsoftに入社。

事業所概要

社名 株式会社OZsoft
住所 〒101-0021
東京都千代田区外神田2-10-7 T・I ビル3F
TEL 03-3526-2571
URL コーポレート
http://www.ozsoft.co.jp/

人財力100
http://jinzai100.jp/2014/07/ozsoft.html

採用サイト
http://www.ozsoft.co.jp/recruitment/

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