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- 東京遊覧観光バス株式会社 運行管理者 小杉 高章 / ドライバー 村上 武史
たとえ1%ずつの積み重ねでも、
事故ゼロに向けて前進し続ける。
その歩みに終わりはありません。
安全なバス旅行を提供するには、
仕事への感情移入は禁物なんです。
東京遊覧観光バス株式会社
運行管理者
小杉 高章
団体で自由な移動ができる手軽さで人気を博す観光バスの業界で、「安心・安全」への徹底したこだわりで信頼を集める東京遊覧観光バス株式会社。(社)日本バス協会の安全性評価認定制度で堂々の「3つ星」を獲得する同社において、運行管理の重責を担っているのが小杉高章氏だ。「安心・安全は最大の顧客サービス」の理念を体現するための、同氏の妥協なき取り組みについて聞いた。
観光バスがお客様を乗せ、目的地まで送り届ける。その運行行程を取り仕切るのが運行管理者である。バスに乗っているだけでは分からない、安全な走行を陰で支える役割を10年以上にわたって担ってきた小杉氏。運行管理者の仕事とは、どのようなものなのだろうか。
お客様に気持ちよくバスに乗っていただくために、運行前の準備や運行中の管理を担い、安全性を追求することに特化した仕事です。具体的には、事前に移動距離や道路の条件に応じてドライバーの割り振りを行い、運行計画を策定。乗務予定のドライバーの健康状態の把握や車両の点検報告、当日の道路状況の把握などを通じて、ドライバーが無理なく安全なバスサービスを提供できるよう運行を管理します。ドライバーにとっては初めて走る道もあり、突然の雪や雨に見舞われることもありますから、運転中にも道路状況の情報などを送って安全に走れるようサポートすることが欠かせないのです。
そして距離や行程の内容、道路条件などで難しい運行になると考えられる場合には、ドライバーを2人体制にするなどの措置が必要になります。ただそれは、会社の営業効率からすると決してプラスになるものではないんですね。売上げは変わらないのにコストだけ増えることになる。だから会社によっては、「何とか1人で行かせられないか」という話になるところもあるんです。そこで試されるのが運行管理者の存在意義であり、どのような意識で仕事に取り組んでいるかでしょうね。
運行管理者が持つべき意識として重要なのは、「公共の利益」だと小杉氏は言う。優先されるのは、会社よりも社会の利益。企業の利益追求によって安全性が損なわれることを防ぐのが仕事だと、キャリアの当初から叩き込まれてきた。
たとえば旅行会社から受注する観光旅行の中には、無理な行程を押し込んだものがたまに見受けられることがあります。その意味では運行管理者は、仕事に感情移入すべきではないともいえるでしょう。お世話になっているお客様から「何とか無理を聞いてほしい」と言われても、ドライに「無理なものは無理」と言わなければなりません。ブレたり、「じゃ今回だけは」などと受けて、取り返しのつかないことになってからでは遅いんです。
その点当社は、社長自身がドライバー出身であり、安全性を何よりも重視し、率先して安全管理の意識を徹底してくれるので仕事もしやすいです。お客様にとっての安心・安全なバスの旅を提供するのはドライバーですから、彼らの運転環境を守るべく全力を注ぐことに最大限の理解を示してくれているんです。
昨年、東北道が土砂災害で通行止めになった際も、お客様を届けたあと、一般道で帰ってくるというドライバーを止め、一泊して帰るよう指示を出したという。小杉氏にとって、コストや効率よりも、優先すべきはドライバーの安全性。つまり運行管理者は、ドライバーたちを常に見守る安全管理者でもあるわけだ。
もし何かの事故が生じたときに、「あのとき、実は体調が悪かった」というドライバーの状態を見抜けなかったとしたら、運行管理者失格です。だからドライバーにはいつも積極的に声をかけて頻繁にコミュケーションをとり、その人の性格や特性をつかむようにしています。いつもドライバーと一緒に会社の前でたばこを吸いながら、何でもない話をしながら観察しているんですよ。そうやってコミュケーションを重ねてきて、それぞれ体調の良いときと悪い時の様子は大体分かるようになりました。
たとえば繁忙期にはどうしても疲労がたまってくるので、顔色はどうかな…? ちょっと疲れてきてるかな…と様子をうかがいます。観察して、「体調悪そうだな…」と感じたときには運転にストップをかけるのが私の仕事ですから。
また、精神面も同様です。家庭などプライベートの悩みがあれば、それは運転に出てしまうもの。元気がない、肩が落ちている、伏し目がち…など、その人のオーラにいつもと違う何かがあると、「どう?大丈夫?」と必ず声をかけます。そうやってドライバーとの信頼関係を築いていくことが大切。いくら優れた運転技術をもっていても、お客様を乗せたバスのハンドルを握るときには万全の状態でなければならない…そう考えて日々対応しています。
運行管理の責任者としてのプレッシャーは当然ありますよ。繁忙期や雪道のある冬場など、みんなのバスがちゃんと帰ってきたら、外のベンチに座ってたばこに火をつけて、ふ~っと一服するんです。良かった…ってほっとする。その束の間の時間がプレッシャーから解放される、少しだけ肩の荷が下りる時間ですね。
ドライバーの体調やその日の感情にまで気を配り、道路状況の事前チェックや運行中の指示や管理に神経をすり減らす毎日…。その裏には、「事故は絶対にあってはならない」との思いを呼び起こす、今も記憶に残る忘れられない光景があるという。
高校時代に、同級生を交通事故で亡くしているんです。それほど親しくはなかったので、あまり深くは考えずに、他の友人とお通夜に出席させてもらったんですね。でもその場で、彼のご家族、とくにお母さんが人目をはばからずに取り乱される姿を見て…。その姿は今も脳裏にすごく焼き付いていて、時折思い出すことがあるんです。だから、交通事故の被害者はやっぱりつくりたくない。大切な人を交通事故で失ってしまったときのショックを考えると、絶対に起きてはいけないと強く思います。
当たり前のことですが、一番大切にしなきゃいけないのは、人の命です。バスが大破しようと、それはお金で買えるもの。でも人の人生はお金では買えません。だから壊しちゃいけないし、無くしちゃいけないんです、絶対に。
ときどき、安全性を後回しにしたような旅程を組んで、「これで走らせてくれないか」と無茶な相談をしてくるお客様がおられます。そんな時は、「私たちは荷物を運んでるんじゃない。人の命を運んでいるんだから、それは絶対に呑めない」とはっきり言いますね。
そんな小杉氏だけに、「観光バスはどうしても景気に左右されやすい。だから安全よりも効率を重視して、無理をする会社が出てきがちな現実がある」という業界の現状を憂いてもいる。だからこそ、他のどの交通機関の運行管理を担う場合よりも、確固たる意志を示すことが必要になる。
安全に対する妥協はあってはなりません。事故は起こしてはいけない。これは運行管理者としての絶対的な思いです。ただその一方で、たとえば完全な自動運転でのクルマ社会になったとしても、事故はきっとゼロにはならない。100%事故をなくすのはもちろん目指すべきところですけど、その厳しさや難しさを肌で感じているからこそ、安易に言葉にできないという気持ちもあります。
言えるのは、とにかく1%でも0.1%ずつの積み重ねでも、事故を減らす努力をし続けること。100%無くなるなんてことはあり得ない、でもそこに向けて前進し続けることは絶対に止めてはいけない。私にとっての歩みは、永遠に終わることはありませんね。
私たちは荷物を運んでるんじゃない。
人の命を運んでいるんです。
プロフィール
タクシー会社の運行管理者としてノウハウを蓄積したあと、東京遊覧観光バス株式会社の石井誠代表に請われる形で入社。観光バスの運行管理者としてのキャリアをスタートさせた。以来、同社の運行管理課長として、現場の第一線で運行管理を担う毎日。日々ドライバーとの緊密なコミュケーションを大切にしながら、安心・安全な運行を実現するために力を注いでいる。
万全の状態という絶対的な自信。
それがあるからこそ、
ためらいなくハンドルを握れるんです。
安心と安全を徹底してお客様に提供する。
そのプライドが、最高の顧客サービス
東京遊覧観光バス株式会社
ドライバー
村上 武史
バスやタクシーなど公共交通のインフラを担うドライバーの仕事は数多くある。その一つである観光バスの業界において、「安心・安全」への徹底したこだわりで信頼を集めるのが東京遊覧観光バス株式会社だ。(社)日本バス協会の安全性評価認定制度で「3つ星」を獲得する同社の理念を実現すべく、ドライバーとして現場の第一線に立つ村上氏に、普段見えない仕事の裏側について聞いてみた。
観光バスのドライバーになって10年。いま村上氏の前にあるバスは、3カ月前に新車に換えてもらった新しいパートナーだ。会社によっては、日によって乗るバスが変わる方式のところもあるというが、東京遊覧観光バスは1人1車の担当者制。お互いに気持ちを通わせながら、次第に自分とバスとの相性を築いていくという。
だから当然、自分の車への愛着は出てきますよ。いつもバスの状態は気になるし、キレイにすることもそう。前の車は5年くらい乗りましたが、クラッチのつながり加減など、自分なりの癖がバスについていて、もう体の一部みたいな感覚になります。
私たちは乗車前には、運行前点検としてタイヤや冷却水、マフラーやオイル、ウインカーやライトなど一つひとつを丁寧に確認します。そして運転席に乗ってみて、エンジンをかけてクラッチを踏んでみる。もしそこで「何か」があったときには、すぐに分かります。タイヤの音やハンドルのぶれ方や、椅子に感じる振動ひとつでも、ふだんと異なる違和感がある。だから我々ドライバーにとって、バスは五感で運転するものなんです。
計器類は目で見ますが、同時に音やにおいや振動など、体じゅうの感覚を研ぎ澄ませて異常がないかを事前に察知する。ときには経験からくる「第六感」も働かせながら。それは長いあいだ一緒に走り続けている、自分のバスだからこそ感じられる部分でしょうね。
ふだんのルートが決まっている路線バスと違い、観光バスは行き先もまちまちで、距離や道路条件もさまざまだ。もちろん初めて行く観光地の場合もあり、運転には神経をつかう。だからこそドライバーにとって欠かせないのが、運行時の事前の「予習」である。
運行スケジュールが出されるのが3~4日前ですから、初めて行く場所の際にはとくに、そこからもっとも安全で効率良く走れる走路について細かな調査を行います。また行ったことのある場所であっても、工事で通行不能な場所や、道路状況が変わっていたり、天候の悪いケースもあります。それらの要素を十分に把握した上で、運行当日を迎えます。どれだけ予習をして、頭の中でイメージをした上で現場に向かうかによって、仮にトラブルが起きても対処する術は全然違ってくるものです。
気持ちに余裕がなければ、運転していても焦ってしまうんですよ。たとえば道を間違うとお客さんにも伝わるもので、「この運転手、間違ったんじゃない…?」って、お客様同士でささやく声が聞こえてくる(笑)。慌てて方向変換しようとして、事故につながることだってあります。予習していれば、4のトラブルが2や1にできるのに、それがないと5や6に拡大してしまうんです。
大切なのは、運行前に順路についてのイメージを頭の中につくっておくこと。また運転中にも、私たち乗客が知らない中で、ドライバーは不測の事態を防ぐためのさまざまな「備え」を行っているという。
運転しながら、目的地に向かうまでの、現場の生の声を聴いていくことも大切です。途中のパーキングに寄ったときに、お客様はトイレや買い物に行きますね。そこでドライバーは、行き先に電話をかけて周辺の道路状況を聞いたり、パーキングでは地元のナンバーのバスを探して、その運転手から地元の人しか知らないような道路情報を得るよう努めます。
突発的な事故や、地元のイベントなどで道路が混んでしまっても、地元の運転手だけが知っている抜け道ってあるんです。それを聞いて、自分が持っている地図に書き込んでいきます。中には自分の地図がマーカーだらけで真っ赤になっている人も。それは、自分の目と耳と足で集めた情報の宝庫なんですよ。
だから私は、ナビは一切使いません。自分で地図を見て、それを頭の中でイメージして走らなければ道を覚えないし、アクシデントにも自分で対処できないんです。ナビに頼るんじゃなくて、自分で調べて、自分の頭にしっかりと入れていく。その自信を備えた上で運行にのぞむことが、乗っているお客様に安心感を与えることにつながると思います。
実は観光バスのドライバーは、初めて行く土地ってけっこうあるんですよ。でもお客様にそう感じさせないよう運転することが、私たちのプライドの一つかもしれませんね。
観光バスに乗って10年になる村上氏の、ドライバー歴のスタートはトラックだった。同じ運転業ということで、それほど意識せずにトラックから観光バスに乗り換えたものの、その「違い」を最初から如実に感じさせられたという。
お客様を下ろして、バスを降りて家に帰るじゃないですか。そしたら、「疲れ方が全然違う」って最初に感じたんですよ。それまでのトラックに乗っていた後とは、帰宅してからの体の重さがまったく違うというか…。知らないところで気を張ったり、緊張しているんだとよく分かりました。やっぱり貨物や荷物を運ぶのと、人を乗せるのでは全然違う。そのプレッシャーを感じていることが自分で分かったんです。
バスを日々運転しながら、思いの底には「お客様の命を預かっている」という使命感は絶対にあります。でも、それをいつも意識の前面に持ってきたのでは、重圧に押しつぶされて運転どころではなくなってしまう。それよりも、お客様を乗せる前に、十分な点検や自己管理をして万全の状態で臨んでいることの絶対的な自信―。命を預かっているというプレッシャーよりも、その自信のほうが常に打ち勝っている状態だから、運転できるんです。
逆に体調面などが万全の状態でないときには、不安な思いが頭をもたげ、「お客様の命を預かっている」という思いが大きな重圧となって出てきます。それでハンドルを持つことにためらいが生じるような時は、もう運転席に座ってはいけないんですよ。
裏返せば、そうならないように、自己管理や道路調査などの事前準備を徹底して、常に自分なりの万全の状態をつくっていくことが不可欠。その自信があるからこそ、使命感は良い意味で無意識のうちに追いやることができるんです。
今日も村上氏は、走る前には自分のバスの状態を丁寧に見極め、目的地までの道路のイメージを頭に叩き込むルーティンワークを黙々と重ねている。そこには、決して目立たないが、絶対にブレることのない、変わらない思いが土台としてある。
今日も明日も明後日も、同じような状態で仕事をしていくこと。つねに同じ状態で、当たり前のことを普通に、当たり前のようにやり続ける。今日のお客様にはできたけど、明日のお客様にはできない、ということのないように。何事もなくお客様を送り届け、無事に帰ってもらえるよう貫くことに尽きると考えています。
確かに接客に長けた、話芸でお客様を喜ばせるドライバーは受けるかもしれませんね。でも私は、運転手の最高の顧客サービスは、安心と安全を徹底してお客様に提供する、そこにプライドを持つことだと思っているんです。
もちろん、お客様と話もするし、コミュケーションをうまく取る中で楽しんでもらえるようベストを尽くしますよ。話術はちょっと苦手だけど(笑)、でもお客様に喜んでもらえるなら、なんとか頑張りたいかな。
われわれドライバーにとって
バスは五感で運転するものなんです。
プロフィール
トラックドライバーとして経験を積んだ後、10年前に東京遊覧観光バス株式会社に入社し、観光バスの乗務員としてのキャリアをスタートさせる。現在、14名いるドライバーの中では最年少の存在である一方で、確かなキャリアに基づいた乗務スキルには定評があり、社内外からの高い信頼を集めている。