学校法人菊地学園 理事長 菊地 政隆学校法人菊地学園 理事長 菊地 政隆

“国家資格をもつプロ”
保育士の専門性の高さを
もっと知ってほしい

保育の仕事はオーダーメイド。
可能性に満ちているからこそおもしろい
保育士
学校法人菊地学園
理事長
菊地 政隆

「まあせんせい! あそぼう!」。菊地政隆氏が歩くと、園児たちが次々と声をかけてくる。理事長を務める学校法人・菊地学園で、幼稚園や保育園など4園を運営するかたわら、自ら“まあせんせい"として、保育に携わる。20年前から保育士として活躍。男性保育士の草分け的存在として多くのメディアで取り上げられてきた。最近では、保育の仕事について年間100本を超える講演を行うなど、積極的な発信を続けている。そんな同氏に、自らの経験を踏まえた保育士のキャリア論と、保育業界の未来を聞いた。


保育士は、国家資格を持つプロ。毎日の活動一つひとつに目的があり、成長への願いが込められています

「子どもが好きだから、この仕事をやっているのか、といえば、そうでもないんですよ」。菊地氏の発言にはおどろかされる。保育士に、保育の世界に入った動機を聞けば、たいてい「子どもが好きだから」という回答が返ってくるもの。しかし、菊地氏は違う。「保育という仕事のおもしろさに興味があるんです」。そう目を輝かせて語る。どんなおもしろさがあるのか。実際のエピソードをいくつか紹介してもらった。

 保育という仕事の専門性、その奥深さに初めて気づいたのは、「コーナー保育」の効果を見たときです。保育士になって、それほど経っていない時期でした。子どもたちに同じことをやらせる「一斉保育」でも、個々に好きなことをやらせる「自由保育」でもなく、遊びや学びの種類ごとにブースのように「コーナー」をもうけて、自分の意思により遊びたいコーナーにいるように導くことで、成長をうながすものです。

 私が目撃したのは、コーナーの一角で2つの器を並べ、スポンジの断片をピンセットで移動させて遊んでいた子。ピンセットをもつ手がままならなかったので、担当の保育士さんは、まず“うわ手もち”を教えてあげていました。翌日には、同じ器のなかに、少しつかみにくい消しゴムの断片を入れておいてあげていた。子どもは喜んで遊びはじめます。最初は苦戦しますが、しだいにできるようになるんですね。さらにその翌日には、「今日は別のものに変えといたからね!」と。子どもはコーナーに行くなり、声をあげて喜んだんです。器に入っていたのは、そら豆だったから。手首の返しを教えてあげると夢中で取り組んでいました。

 さらに、少し日にちがたったあと、「上手にピンセット使えるようになったから、お箸も用意してみたよ」と。箸を使った遊びに導いていました。そう、このコーナーで子どもが楽しく遊んでいるうちに、お箸が使えるようになる。それが、保育士さんが目指していたものだったんです。保育園はただただ子どもが遊ぶ場所ではなく、目的をもって子どもを育てている場所。初めてそのことに気づかされました。

 園で行う遊びや活動には、すべてに「こうなってほしい」という大人たちの夢や願いが込められています。一つひとつに目的があって、生きるために必要なことがすべて入っている。でもそれを、ムリやり「やらせておぼえさせる」のではないんですね。子どもたちがやりたいことを自己選択できる環境をつくり、「自らやる」へと導いていくのです。

 そして子どもたちには、一人ひとり、毎日違うドラマがあります。保育のあり方は一人ひとり、違うんです。私自身の経験で言えば、以前、障がいをもっている子どもとのふれあいで気づいたことがあります。その子は、私のことを「てんてえ!」って呼ぶ。その子なりの「せんせい!」の表現です。毎朝、「てんてえ、見て!」と、園庭の石を私にもってきてくれる。よくよく見ていると、いくつもの石を真剣に見比べてから、選んでもってきているんです。「ああ、彼にとってはダイヤモンドをプレゼントしている気持ちなんだな…」と。「宝石みたいにきれいだね、大事にするね」と答えると、満面の笑みになって戻っていく。

 私とその子の間だけで成り立つ世界です。保育はすべてオーダーメイド。一人ひとりとのかかわりのなかで生まれてくるもの。だからこそ、同じことを繰り返す“作業”になってしまうことは決してない。そこが、この仕事のおもしろさなんです。

「子どもが好きだから、この仕事をやっているのか、といえば、そうでもないんですよ」。菊地氏の発言にはおどろかされる。保育士に、保育の世界に入った動機を聞けば、たいてい「子どもが好きだから」という回答が返ってくるもの。しかし、菊地氏は違う。「保育という仕事のおもしろさに興味があるんです」。そう目を輝かせて語る。どんなおもしろさがあるのか。実際のエピソードをいくつか紹介してもらった。
待遇が大きく改善し、キャリアの選択肢も増加。
未来も希望もある業界なので、性別問わず、入ってきてほしいですね

「うちの子は女の先生にみてもらいたい」。厳しい言葉を浴びせられながらも、男性保育士の地位を確立し、保育業界のダイバーシティ化の一翼を担ってきた菊地氏。現在は「性別による役割分担よりも、個々人の個性にもとづく役割分担のほうが、よい保育につながる」というのが持論だという。しかし、男性保育士の草分けとして悪戦苦闘していた時代は、「男だからこそ、力仕事やダイナミックな遊びをやらなくては」と気負っていた時期があったそうだ。

 私が保育士の資格をとったのは、20年ほど前。両親が保育園を運営していたので、保育の仕事になじみがあったからでした。でも、そもそも保育士が男性の職業選択肢にはないような時代。当時は保育士30万人のうち、男性はたったの1,000人。資格をとっても、採用してくれるところがない。あきらめかけていたころに、知り合いの紹介から、なんとか実家ではない保育園に入職できたんです。

 とはいえ、その園でも初の男性保育士。なにをしてもプラスにはとらえてもらえない。保育は保育士どうしや保護者の方との連携やコミュニケーションが欠かせない仕事。にもかかわらず、まわりの先生たちが「はれものにさわる」感じで、孤立してしまいました。相当につらかったですね。徐々に“心ここにあらず”の状態になっていきました。

 決定的だったのは、ひとりの保護者の方からの「子どもを産まない先生に保育なんかできるの?」というひとこと。返す言葉がなく、1年で退職。それでも保育には興味があり、大学院で保育関連の研究を始めました。「このまま研究職の道に進もうか」などと考えはじめたころ、偶然、私が退職する決め手となったひとことを発した保護者さんに出くわしたのです。

 すると「うちの子、先生と遊ぶのが楽しくて保育園に行っていたらしいんです」と。おどろいたと同時に、猛省しました。自分がまわりとコミュニケーションが取れないからといって、子どもを放ったらかして逃げてしまったんだなと。自分を必要としてくれる子どもたちの気持ちに気づけず、寄りそえていなかった。この経験から、「なにがあっても、子どもたちのための保育ができる保育士になろう」と。研究職の道を捨てて、保育の現場に戻ってきたんです。

 その後、男性保育士として活動するなかで、男性の存在は子どもにとってメリットが大きいと実感しています。保育園は家庭の延長にあるもの。家庭とつながった存在と考えるなら、お父さんやお兄ちゃん、おじいちゃんがいてもいいですよね。父性を与えられるのは、子どもにとっても自然なことですし、男の子が好きな遊びも提供しやすい。

 また、保育する側にとっても、男性がいるメリットはあると思います。女性だけの職場よりも、異性の目があると人間関係が中和されることが往々にしてありますし、派閥みたいなものが生まれにくくなる。もともと母性のチカラが強い職場だったぶん、男性のエッセンスが少し入るだけでも、組織が変化するんです。

 もっとも、保育という仕事は、性別よりも、個性やパーソナリティによるところが大きいです。男性でもきめ細かな性格の人はいるし、女性でもスポーツや外遊びが得意な人もいる。それなのに、園のなかで男性保育士がひとりだけだと、「外での遊びはお願いね」「荷物もってね」と、かたよった役割を担わされてしまいがち。私自身も経験してきたことです。そこでいま、私が理事長を務める法人の系列下にある園では、必ず男性保育士を複数人、配置しています。そうすれば性別ではなく、個性による役割分担ができるようになり、よりよい保育につながりますから。

「うちの子は女の先生にみてもらいたい」。厳しい言葉を浴びせられながらも、男性保育士の地位を確立し、保育業界のダイバーシティ化の一翼を担ってきた菊地氏。現在は「性別による役割分担よりも、個々人の個性にもとづく役割分担のほうが、よい保育につながる」というのが持論だという。しかし、男性保育士の草分けとして悪戦苦闘していた時代は、「男だからこそ、力仕事やダイナミックな遊びをやらなくては」と気負っていた時期があったそうだ。
これからは、私を育ててくれた保育業界に恩返しをする番。
経営者として、そして講師として積極的に動き、業界全体を変えていきたいです

2017年、実家の社会福祉法人をでて後継者不在の学校法人を引き継ぐカタチで、経営者としての活動を本格化させた菊地氏。また、年間100本を超える講演をこなし、保育の仕事のおもしろさを伝えている。自身の現場での経験を、経営者や講師として、広く伝えていく道を選んだ。

 以前の保育業界では「結婚したから退職」「子どもができたら退職」ということが、男性保育士にもあったんです。家族を養っていくだけのお金がかせげるか、家族と一緒に過ごせる時間を確保できるか──。不安の多い職種だったので。女性保育士の場合はなおさらです。しかしいまは、勤務体制や休暇制度、給与などが相当に改善されてきて、安心して入れる業界になってきたと思います。

 保育士資格をもつ方の処遇はかなりよくなっています。私自身、自分の保育士時代とは雲泥の差だなと感じています。いまの時代に保育士だったらよかったなと(笑)。業務の面でも、最近はICT化によって効率化が進み、根性で保育する時代ではなくなった。かなり働きやすくなっていると思います。いままでは職人芸と思われていて、共有しにくかったスキル面も、かなり“見える化”されてきています。仕事をおぼえるスピードという観点からも、だいぶ働きやすくなっていますね。

 ですから、子育てなどで職場を離れたベテラン保育士さんたちに復職してほしいんです。いまのように環境が整う前からこの仕事をやり抜いてきた保育士さんは、レベルの高い技術をもっている。その知見と、いまの環境があわされば、また新しい保育のカタチが生まれてくるでしょうから。

 また、待遇面だけでなく、やりがいをもって長く働ける原動力になるような、キャリアパスの選択肢が増えてきている点でも、業界の変化が進んでいます。最近は株式会社の園が増えていて、「園長になる」というキャリアだけでなく、複数の園を運営する職員になったり、そのなかで幹部を目指したり、といった選択肢が出てきました。

 それに今後は、他業界への就職という選択肢も生まれると思いますね。保育士の仕事の専門性の高さが世の中にもっと広がれば、「子どもをよく知っていること」が強みになり、子どもにかかわる事業を行う企業から求められる存在になる。ファッション、食品、教育、家づくり──。子ども向けの視点から発想することで、新たなビジネスチャンスが生まれる領域は無限にあるでしょう。ですから、保育士のスキルを求める企業が増えていくと思います。

 私自身の立場からすれば、「経営者になりたい」と思ってくれる後輩がひとりでも増えてくれたらいいな、という気持ちがありますね。実際に、私の姿を見て法人を立ち上げた後輩保育士もいます。最近は数多くの個人、法人が保育業界に新規参入してくださっているので、そういった方々に、必要であれば私のノウハウはどんどん提供するつもりです。

2017年、実家の社会福祉法人をでて後継者不在の学校法人を引き継ぐカタチで、経営者としての活動を本格化させた菊地氏。また、年間100本を超える講演をこなし、保育の仕事のおもしろさを伝えている。自身の現場での経験を、経営者や講師として、広く伝えていく道を選んだ。
“心の育ちあい”ができることが、保育園の意義。そのために思いきり“遊び込む”時間を大切にしています

いま、学校法人菊地学園の園では、「従来、日本の保育現場であまり意識されてこなかった“心の育ち”を、最重視している」と語る菊地氏。「目に見えない心がいかに成長できているか。そこにモノサシを置いてほしい」と保育士たちに伝えているという。

 保育園の最大の役割は、「育ちあい」。保育士やお友だちとかかわるなかで、園児のなかで、目に見えない、さまざまな“心の育ち”が起きています。たとえば、子どもがほかの子とゲームをしていて、負けてしまったとします。その子はおもしろくないので文句を言い、ケンカしてしまう。しかし、しばらくすると戻ってきて、また同じ子たちと一緒に遊びはじめる──。この間、子どもの心のなかでは目に見えない葛藤があり、その解決があり、成長があったはず。こうした経験の積み重ねで、人として成長していきます。

 「心を大切にする保育」の大切さに気づいたのは、現場での経験がきっかけです。いまでも忘れられないのですが、保育士のころ、20名の園児たちみんなで公園にお散歩に出かけたんです。保育園へ帰る時間になったのですが、聴覚障がいをもっている子だけが「帰るよ!」という私の声が聞こえず、遊びに夢中になっていた。すると、ひとりの子どもがサッと障がいをもつ子のもとへ走っていき、残りの18人もあとに続いた。そうして20人が横一列になって手をつないで戻ってきたんです。聴覚障がいの子は特に輝いた、いい顔をしていました。

 こうした数々の経験から、「幼児期に育むべき心の育ちがある」「子どもたち一人ひとりに幸せな大人になってほしい、そこに向けて積み上げていくのが保育の仕事だ」と思うように。心の面でも、いかに自主的な育ちあいをうながしていくかが重要だという考えにいたりました。

 私が運営にかかわる園では「3つの心を大事にしよう」という方針を打ち出しています。ひとつは「強い心」。苦手なことでも弱気にならず、まずはチャレンジしてみよう!と思える心を育むことで、経験から学べる人間になれる。2つめは「優しい心」。これは隣に困っている子がいたり、迷惑をかけたりしているときに、気づいてあげられる心ですね。自己決定や競争の機会が増える小学校以降と違い、幼児期は大人からたくさんの目と愛情をそそいでもらえる、いちばん幸せな時期。この時期に人との優しいかかわりをしっかり学んでほしいのです。3つめは「元気な心」。これは、めいっぱい「遊びこむ」ことで育めると考えます。自分で楽しみややりがいを見つけられる人間に成長できると、大人になってからも心のつらさを抱えにくくなる。自ら遊びをクリエイトできる力も身につくからです。

 3つの心を育み、子どもたちがよりよい人生を送れるように応援する。それが、保育の仕事のいちばんのやりがいです。

「保育は女性の仕事」
その固定概念を打ち壊すほどの
やりがいを感じていました。

菊地 政隆(きくち まさたか)
菊地 政隆(きくち まさたか)
菊地 政隆(きくち まさたか)
プロフィール

1976年、東京都生まれ。大学では教員課程に進む。在学中、実家の保育園でアルバイトをしたとき、保育の意義に開眼し、保育士課程に編入。修士課程・博士課程の夜間コースで学びを続けながら、9年間、複数の園で保育を経験。2004年には男性保育士の草分けとしてTV番組で紹介される。その後は、実家である社会福祉法人東京児童協会の理事として複数の園で園長職を経験。2017年からは現・学校法人菊地学園の前身となる幼稚園の理事長・園長に就任。保育養成学校の客員准教授を兼任しているほか、講師として数多くの講演・親子コンサートを実施。“まあせんせい"の愛称で親しまれている。

子ども番組での“歌のおにいさん”としての活動や、歌を含めた保育教材の開発にも注力している菊地氏。
200近い楽曲を世に出している。

企業概要

法人名 学校法人菊地学園
所在地 埼玉県越谷市袋山631-3
URL https://www.kikuchi-gakuen.jp